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十三段

拳を固く握りしめて言葉もなくワナワナと震えているその姿を見て聡志も私と同じ思いなのが分かると、眼の前の三人組トリオに対する怒りがさらに高まって次第にその間に険悪な空気が漂いはじめ、ただでさえ濃密な闇に閉ざされた閉塞空間のこの階段にともすると息苦しさを覚えるのに、それにさらに輪をかけるような息苦しさを覚えて末端まで酸素が行き渡らずピリピリと手先足先が痺れるほどの酸欠状態になるが、しかしなぜこの二人はこれほどまで敵意剥きだしの追いつめられた草食獣のようにフルフルとふるえているのかということがわからず、何とかそれをなだめたく、なるべく穏ビンに済ませたいとは思うものの二人の真意がまるで検討もつかないので対応のしようもなく、またこのような状キョウにおけるもっとも実害の少ない対処の仕方などの説明も受けてはいないのでただ茫然と立ちつくして事の成り行きを見守るよりほかないのだった、というより酸欠による思考能力、行動能力の限りない低下が何もできないという状キョウを作りだしたというのが事実だろうが、このまま前進も後退もできずに対ジしつづけることにもいずれは限界が来るはずでリン界に達したときのその爆発を思うと空恐ろしく何とかその前に歩を進めようとあなた方は何かカン違いをしている、私たちがその人たちに何か良からぬことを仕でかしたように思っているらしいが出会ってもいない人に何をすることもできるわけがなく、同じ上を目指す者同士いがみ合うのはどうかと思うとその三人組トリオは下手に出て至極丁重に言うのだが、その低姿勢振りが如何にも怪しく腹に一物も二物も三物もあるような気がして益々疑わしく思えてきてどうにも腑に落ちないのだが、確たる証拠など何もなく一方的恣意的な想像と飛躍的非論理的な連想にしか過ぎないのでそれを楯に責め立てるわけにもいかず、そのうち三人組トリオの真ん中の一番背の低い、それでも私よりは遙かに高くて低く見積もっても一八〇センチはあるだろうその三人組トリオのうちの最も背の低い最も穏便そうな面持ちをした真ん中の奴が「まあ立ち話もなんですから」とすぐ脇のドアを示して促すのを何か裏がありそうに思えて素直に従ったものかどうかしばらく逡巡していたが、顛落顛舞した弟のハルノブのことを思い合わせるとすぐ脇に闇底淵が拡がってヒタヒタと闇がうち寄せている階段上で何かある方が余程危険だということに気づき、渋々ではあったものの促されるまま三人組トリオのあとについて部屋に入るが、ただでさえ狭苦しい四畳半の一室にむさ苦しい男が五人も上がり込めば尚更狭く窮屈で牢獄にでもいるように思え、春信の呼吸が荒くなるのが分かり、それが何か良からぬことが起きる前兆のような気がして尚更落ち着かず、そんな聡志を見ているとこっちまで落ち着きをなくしてますます息は苦しくなるし口の中は乾燥するし眼鏡の度がめまぐるしく変わっていくような気がして眼窩の奥が締めつけられるような目眩はするし、あげくにウォッカだのテキーラだのというようなアルコール度数の高い酒を一気に煽りでもしたような喉が焼けつくような痛みに襲われて真面に思考を働かせる状態ではなく、その時点で私にはすでに分かっていたもののそれを認めるのは敗北であり正直怖くもあったので部屋にいるのが五人ではなく六人だということに気づかない振りをして何とかそこに居つづけよう、聡志一人を残して部屋を出ていくわけにはいかないと耐えていたが、左斜め後ろのそこだけ重苦しい邪悪な気配はみるみる濃厚になり、無視することもできないほど巨大になって私の酸素を肺から血液から細胞から奪っていくので尚さら息がつまり、いつ呼吸困難に陥るかとそればかりが気になって話などするどころではなく、三人組トリオとの会話は聡志に任せっきりになってしまって結局最後までその場に居つづけることもできずに気分を悪くした春信が青い顔して青畳に足を引き摺り引き摺り出ていってしまうと三対一と如何にも形勢不利となり、三人組トリオも身の潔白を晴らそうと唾を飛ばして盛んに熱弁を振うが、熱く語れば語るほど却って興醒めしてしまうようなわけの分からないことを三人組トリオは言いだし、私がそれに憮然としていても一向に熱弁を振うのをやめようとはせず、私の沈みようが尚更三人組トリオを奮い立たせでもするのか輪を掛けて語気激しくなり、止め処もなく次から次から理解に苦しむ言辞を発し続けるのでただもう煩わしく疎ましいだけで聞くのも嫌になるが、三人組トリオは益々勢いづいてとどまるところを知らないといったふうで、困り果てて勘弁してくれと言っても聞かず延々と喋り続けて一人が言葉に詰まって話を途切れさせてもすぐに次のがその語を継ぎ、そいつが口を閉じるともう一人がすぐあとを続けるというようにして次々バトンを渡し合い、その見事としか言いようのない連携プレーによって話は終わることなくいつまでもどこまでも続いていくのではないかと気の遠くなる思いがするが、しかし寄りにも寄って宇宙人というのには呆れる他なく、突然何を言いだすのかと言葉を失ったものの冗談で躱そうとしての単なる思いつきとも思えないのは話の細部が精緻でしかも矛盾なく見事に纏まっていて何度も繰り返し語って完成された話であることが分かり、その話自体には感心する他ないが、ただそんな荒唐無稽な話を代わる代わる淀みもなく至って真剣に語る三人組トリオの姿は傍目にはやはり異様にいびつで不気味にも思え、ただの狂人の戯言と思えなくもないが反面何か馬鹿にされてもいるような気もして無性に腹が立ち、遂に我慢の臨界に達して「そんな話は聞きたくない」と掌で青畳をぶっ叩いて「もうやめてくれ」と語気荒く言って遮ると、「何を」と三人組トリオも腰を浮かせて卓袱台を挟んで双方睨み合う恰好になって一触即発の激突寸前となり、もはや回避は不可能と覚悟を決めたものの三対一ではどう見積もっても私に勝ち目などあるはずもなく底淵闇の奈落へと突き落とされるのは私の方に違いなく、愈々夢が現実のものとなるとその夢の実現を私自身願っていたのかそうではないのか今ひとつ明確ではないがこうなっては致し方なく腹を括るより他ないと立ち上がり掛けると、三人組トリオも私の動作に同調して立ち上がり掛けるのを見てもし私が立ち上がらなければ三人組トリオも立ち上がることはなかったのではないかとふと思い、早まったのでは回避することもできたのではと一瞬後悔するがすでに尻は座蒲団を離れ腰は浮いていて今更戻ることはできず、このまま闇底淵へと落ちていくより他ないのだった。


あらぬ疑いをかけられたことに最初はひどく憤ガイして握りしめたこぶしをそのこめかみに思いきり食らわせてやりたくなったもののそんなことには慣れているし一時的な興奮はすぐに冷めたので気にもとめていないが、大ガイは火星人と聞くと高度な科学文明を有していることを認めはするものの生物とはとても思えないようなブヨブヨした大きな頭部とヒョロ長く関節のないともすると吸盤までありそうな何本もの手足を持ったどう見ても知的に進化した生命とは思えないタコのような生物を、条件反シャ的発想で短ラク的としかいいようがなく深く考え抜いたすえにトウ達した見解とは到底思えないタコのような生物を、かつて小説や映画やテレビに登場しては幅を利かせていたが今ではめっきり姿を見せなくなってほとんど忘れ去られているにも関わらず、そのイメージだけは強く印象づけられているらしいタコのような姿をした生物を、火星人と聞いてまず思い浮かべるらしく、そのイメージを払ショクさせるだけでも一苦労で並大抵のことではなく、印象がうすいといえばうすいがこれといったマイナスイメージもほとんどない金星人や水星人に比べて一歩も二歩も後れを取っているのはそのためで、足手まといなのは実は自分のほうなのではないか、チープなニセモノに見られてあざけられるのも拡大発展が望めないのも足元を見られ難クセをつけられイヤミをいわれたのも入居を断られたのも変な噂が流されたのも脅迫まがいの電話がかかってきたのも部屋を追いだされたのもその他我々三人の身に起きた我々の進展を阻むすべてのことも、この火星人という手アカにまみれたチープなイメージのせいでなのではないかと内心つねに気に病んでいたが、この目の前の男も火星人と聞いてあからさまに眉をしかめ鼻で笑って何わけのわからないことをいっているという態度がありありと見てとれ、一瞬ことばにつまり口ごもってしまうが、すかさず金星人のトモヨシがあとを継いでくれたおかげで滞りなく語は流れていき、かろうじて気まずい沈黙に苦しめられずに済んだのも三位一体のタマ物と言えるが、しかしどんなにことばを尽してもこの男には通じないらしく、急に怒りだして青畳を叩きまくって何やらわめき出したのには思わず私も激コウしてしまったが、その私の震える右肩を捕えて引き戻しつつ「聞こえないか」と水星人のシゲヨシがうながすのを「えっ」と振り返って耳をすますとたしかに階段がキシキシと軋みを立てているのがほの聞こえ、しかもそれは普段我々三人のかき鳴らしている軋みとはまたひと味違う、フニャフニャしていてつかみどころのない軟体性動物のようにそれはどこか弱々しくて安定性にかける一聴して不協和的で不快をもよおしそうな軋みなのだがそれでいて死にかけている細胞までがよみがえるかと思えるほどのうずきを感じさせる妖エンで深みのあるふしぎな軋みで、その春信の立てる軋みのえも言われぬ快味に陶然となって思わず耳傾けて聴き入ってしまうが、ふと前を見ると宇宙人三人組トリオも春信の掻き鳴らすギシギシという階段のこの上ない軋みに私と同じように全身を委ねて陶然と至福の面持ちで聴き入っているのが分かると、宇宙人三人組トリオに対する怒りの粒々がパチパチと音を立てて弾けて嘘のように薄らいでいき、姉のサトミさんを嬲り物にするという陰惨で醜悪で下劣な獄悪人のイメージもいつの間にか消え去って今も尚弟のハルノブのあとを追って下へと下り続けている姉のサトミさんの艶なる姿を取り戻したものの、宇宙人三人組トリオの話の奇矯さそれ自体にはやはり呆れる他なく、陰惨で醜悪で残忍で下劣な獄悪人のイメージが払拭されただけにその滑稽さが増幅されて道化のように見え、しかしそういう彼らだからこそこの階段には相応しいとも思え、そんな宇宙人三人組トリオにあまりにも理不尽な怒りをぶつけていたと思うと申し訳もなく、憐憫というよりは親近を感じているのに気づいて些か驚いたが、それも皆春信の立てるえも言われぬ軋みの影響によるものだということを思うとその力には感服せざるを得ず心酔せざるを得ず信仰せざるを得ず崇拝せざるを得ず、今でこそ他の諸々の神的存在やら宗教的存在やら霊的存在やらと同様忘れ去られて朽ち腐れて見る影もないがかつては仰々しく祭られ恭しく崇められていたというのも頷け、その復活再生を願わずにはいられずその願いを込めて上りつづけているのかもしれないが私が何をしたというわけではなく、ただ気分が優れず執拗に纏わりついて離れない幻覚と幻聴を追い払いたいがためにしたことで、それがたまたま彼らの衝突を回避する端緒にもなり和解する切っ掛けにもなったというにすぎないのだが、聡志一人残して部屋を出てきてしまったことに後ろめたい気持ちが、それこそ逃亡者隠遁者犯罪者の私にはふさわしい後ろ暗く陰鬱な濁りに濁った気分に囚われていたことは事実なので図らずも私の行為が聡志の役に立ったことは単純に嬉しく思いもするのだが、そのことで頻りに感謝されるのには閉口したという外なく、「助かったよ。やっぱり持つべきものは親友だ」と真顔で言うと「止せよ」と照れ臭そうに春信は言って眼を逸らし、そこにほんのささやかな感謝のしるしの私の手料理が並べてあるのに今気づいたとでもいうように押し黙ってしばらくその湯気の立っている熱々の青椒肉絲を不思議そうに眺め入っていたかと思うと急に一心不乱に食べ始めるのが可笑しく、からかうつもりはなかったが「いや、本当、助かった。感謝してる」と更にぐいと顔を近づけ覗き込んで言うので気恥ずかしく食事も咽喉を通らなくなり、「もう勘弁してくれ」と顔の前で手を合わせて本気で謝るので些かやり過ぎたと私も謝って食事に専念し、食事を終え後片づけも済ませ匂い立つ青畳の上にゴロリとその身を横たえて右足を卓袱台に乗せ右手でパンパンに張り切った腹を撫でさすり、左手でひとつもささくれのない青畳を撫でさすり、その藺草の感触手触りを慈しみながら満腹感に満たされつついつものように雑談に耽るが、いつになく興が湧き思いの他それにきらびやかな花が咲き熟した甘い実が成ったのはこれも聡志の手製の粒餡の大福餅の市販品と比較しても遜色のないその旨さに私の口が淀みなく動いたということもあるが宇宙人三人組トリオの語ったという荒唐無稽な話のことが話題に上ったためで、すぐ部屋を飛びだしてしまった私はその宇宙人三人組トリオの語ったという荒唐無稽極まりない大法螺話を聞くことができなかったので聡志にそのときの様子やら彼らの言動やらを事細かに訊くと、三人はそれぞれ火星、金星、水星から空飛ぶ円盤宇宙船UFOに乗ってこの地球にやって来たと言っているらしいのだが、狂者の単なる妄想戯言とも自己隠匿のための韜晦的言辞とも思えないほどその話には一貫性があり、話としてもよく出来ていて下手な小説などよりはよほど面白いとのことで、それを聞いて宇宙人三人組トリオに対する興味が勃然として沸き起こってきて、というより最初に階段で足並み揃えて上ってきた宇宙人三人組トリオと相対したときから彼らに対する興味はあったが意識化されることはなく、話を聞いてそれが触発されて表に現れたらしく、そうなると居ても立ってもいられず「ちょっと行ってくる」と一人部屋を飛びだして向かいの部屋にいる宇宙人三人組トリオの所に駆けこんだのだが、そのあまりの勢いに宇宙人三人組トリオはよほど驚いたらしく、三人が三人とも口を開けて凝固したまましばらくピクリともせず、殴り込みにでも来たのかと思ったとあとになって笑っていったが、そのときは正直キモをつぶして身動きとれず、脇をうかがうと金星人のトモヨシも火星人のナオヨシも私と同じく固まっており、その手に握られた箸は今にも落ちるかと思えるほどで、ギリギリのところで辛うじて右手にぶら下がってブラブラと揺れていたのが同じく口からダラリと垂れ下がってブラブラと揺れていた支那そばの細めんとともに強く印象に残っていて、それを思い出すたび頬の筋肉が自然とほころんでニヤけた笑いがもれるのだった。

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