<< 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 >>
雑記
miscellaneous notes
ローズ・イン・タイドランド
2006年07月25日
監督/共同脚本:テリー・ギリアム
共同脚本:トニー・グリゾーニ
<原作:ミッチ・カリン/span>
2005年/イギリス・カナダ合作/117分/原題『TIDLAND』
個人的評価─★★★★☆
元ロック歌手でジャンキーのパパ(ジェフ・ブリッジス)と、同様にジャンキーでチョコバー狂いのママ(ジェニファー・ティリー)。その二人のドラッグの世話まで焼くジェライザ=ローズ(ジョデル・フェルランド)は、『不思議の国のアリス』をバイブルとし、四体の首だけのバービー人形とおしゃべりする十歳の少女。
元ロック歌手でジャンキーのパパ(ジェフ・ブリッジス)と、同様にジャンキーでチョコバー狂いのママ(ジェニファー・ティリー)。その二人のドラッグの世話まで焼くジェライザ=ローズ(ジョデル・フェルランド)は、『不思議の国のアリス』をバイブルとし、四体の首だけのバービー人形とおしゃべりする十歳の少女。
ある日ママが急死してしまい、ローズはパパと二人でテキサスの祖母の家へゆくが、祖母はすでになく、家は廃屋と化していた。
家に着くとすぐにもパパはドラッグでバケーションに向かい、ひとり草原へ遊びにゆくローズは、そこで黒ずくめの幽霊女デル(ジャネット・マクティア)や、草原の海で巨大ザメを仕留めようとしている知能障害を持つディキンズ(ブレンダン・フレッチャー)といった隣人に出会い、自身の空想を逞しくしてゆく。
上記のごとく現実においてローズのおかれている状況は物凄く過酷で、ローズがそうした現実から逃避して空想に浸るのも頷ける。映画はかかるローズの空想世界と現実世界とをローズの視点に寄り添う形で描いているが、あまりに悪趣味且つグロテスクな現実に対しローズの空想が拮抗し得ているとは言いがたい。何しろ登場人物が悉く気狂い染みていて、ほんの端役を除いて真面な人物はただのひとりも出てこないのだ。それはそれでギリアム的で面白いのだが。
それに結末が非常にやり切れないというか、救いがないしカタルシスもない。いや、むしろカタルシスが訪れないということが、この物語の締め括りとして誠実なような気がしないでもない。もとより予定調和的に感動を強いるような結末は好まないし、ギリアム的にも相応しくないと思う。感傷を排し、少女の空想をありのまま再現しようとするその姿勢が良いのだし。あるいはそうした感傷性を排するための悪趣味且つグロテスクでもあろうか。
惜しむらくはもっと金を掛けてローズの世界を作り込んでほしかった。そうすればグロテスク且つ悲愴な現実とのバランスも取れたのではないかという気がする。
それでも観ている間はけっこう笑いもあって、といっても頗るギリアム的なシュールなもので大衆的なものでは決してないが、そうした笑いも相俟って楽しめる。しかし観終わってから、重い話だったんだということが痼りのような違和感として実感されてくる。ボディブローのようにあとから効いてくる。子供のある種の強靱さにいくらか救われるといった感はあるものの、現実を覆い尽くす悲愴感は拭いようもない。
アリスは最後に夢から目醒めたが、ローズが目醒めることはないに違いなく、いずれ欲望や妄執に狂った大人たちの仲間入りをすることになるだろう。
そんなことはしかしどうでもいいのだ。この映画はギリアム的世界を堪能できればそれでいいのではないか。現実を読み替えてゆくジェライザ=ローズの世界を楽しむというのが正しい見方ではないか。さらには主演のジョデルの魅力も欠かせない要素で、彼女を抜きにしてこの映画は成立しない。彼女がいなければ『ロスト・イン・タイドランド』になったとギリアムに言わしめたほどこの映画におけるジョデルの存在は大きい。/span>
ただペドファイルなりネクロファイルなり、見る者の神経を逆撫でするような描写を狙ってやっていることもあり、万人受けしないだろうことは間違いない。それを言ったらギリアムの映画はほとんど万人向けではないのだが、アリス的なものを期待したら確実に裏切られる。
如上、グダグダと纏まりのないことを書き連ねたが、私的には面白かった。